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3. 英語語源学
3.1  英語を初めとするヨーロッパ諸語の語源研究が, 19 世紀末から 20 世紀前半にかけてめざましい発達をとげた印欧比較言語学の成果に負うところ極めて大であることは, 多言を要しないであろう. 英語語源学は, 第一に英語がゲルマン語派に属する北海ゲルマン語群の一言語であり, 第二にゲルマン語派が上に述べた印欧語族の一語派であることを前提としている. そこで, 印欧基語に遡る英語単語の語源記述では, 印欧・ゲルマン比較言語学の成果が, また古期英語 (Old English, 700-1100; 略 OE) 以降の記述には英語史の研究成果が利用されることになる. つまり, 英語の語源研究には, 現代英語から中期英語 (Middle English, 1100-1500; 略 ME), 古期英語の段階にまで遡る英語の内史的部分と, さらに遡ってゲルマン基語 (Proto-Germanic)・印欧基語 (Proto-Indo-European) の段階を扱う英語の外史的部分とがあり, ある英単語の語源を特定するためには, 内史・外史を通じて, 形態の連続性と同時に意味の連続性が証明されなければならない. その際, 内史的考察が外史的考察に先行すべきことはいうまでもない.
 
3.2  例えば, cow の語源は本辞典で次のように記述されている.
cow1 [OE c ̄u < Gmc 《米》k(w) ̄ouz cow (Du. koe / G Kuh) ← IE 《米》gw ̄ous ox, bull, cow (L b ̄os ox / Gk bo外字s / Skt g ̄aus): cf. beef]
語源欄の読み方について注意すると, このように OE に遡る語はただちに OE の語形を記し, ME の語形をあげないのを原則としている. OE から ME, ME から ModE への発達は英語音韻史の知識で十分理解されるから, 例外的な場合を除き省略したのである. しかし, cow の語源が古期英語 c ̄u /kuIPA-:/ であるというためには, この /kuIPA-:/ という音が中期英語末から近代初期にかけて生じた大母音推移 (the Great Vowel Shift) というほぼ組織的な音変化によって /kIPA-Uu/ /kschwau/ をへて /kIPA-cursaIPA-U/ となったこと, また c ̄u→cow という綴り字上の変化は /uIPA-:/ 音を表すのに ou, ow を用いたノルマン写字生の書記法によることを明らかにして形態上の連続性を確認すると共に, その意味「牝牛」が基本的には変ることなく連続している, という意味の連続性の確認が前提となっている.
 
3.3  英単語の中には dog のように OE docga より古く遡ることができない場合もあるが, cow の場合は上記語源欄の示すように OE c ̄u が最終的語源ではない. 英語と同語派に属する他のゲルマン諸語に OE c ̄u に対応する語—OFris. k ̄u, OS k ̄o, OHG chuo, ON k ̄yr—が存在することから, 古代ゲルマン人が用いた言語, いわゆるゲルマン基語の語彙に 《米》k(w) ̄ouz が推定できる. (《米》印は A. Schleicher 以来, その語が文証されないが理論上推定される語形であることを示す.) 我々はさらに, このゲルマン語に対応する語形を欧亜大陸の諸言語に, OIr. b ̄o, L b ̄os (cf. boss5), Toch. (A ko, ki; B keu), Gk bo外字s, Arm. kov, Latv. g`uovs, OSlav. 《米》govedo, Aves. g ̄aush, Skt g ̄aus のように見出し, これらの語形の遡源する印欧基語 《米》gw ̄ous ‘牛'を帰納的に推定することができる. 上記語源欄はこの過程を簡略に [OE c ̄u < Gmc 《米》k(w) ̄ouz … < IE 《米》gw ̄ous] としている. (A′ < A は A′ が A の音法則的発達であることを示す.) その際ゲルマン基語の次に, 同じくこの基語から発達した同族語を例示するが, 一般読者の便を考えて, 通例オランダ語・ドイツ語の現代語形をあげてある. (なお Du. と G の間の斜線は異なる言語を併記するときの区切りとして用いている.) また, 印欧基語の次にも同じように, ラテン語・ギリシャ語の同族語形をあげた. ギリシャ語の転写法は, サンスクリット・ヘブライ語・アラビア語・ロシア語と共に, 本文中の alphabet の項の表に示してある. ギリシャ文字のローマ字転写は, 慣用的なラテン語式によらなかったところがある. すなわち kappa は c でなく k, upsilon は y でなく u, chi は ch でなく kh, また軟口蓋音 (k, g など) の前の gamma も n でなく g で表記した. しかし, 英語におけるギリシャ借入語は通例ラテン語を経由しているので, synchronize のように, いずれもラテン語式 (y, n, ch) の形をとっていることはいうまでもない.
 
3.4  cow の語源はこのように IE 《米》gw ̄ous に遡ることが分ったが, これからさらに遡源することは可能であろうか. 大多数の語の場合, 印欧語以前に遡ることは困難だが, 一説によると, 《米》gw ̄ous は言語の系統が不詳とされるシュメール語 (Sumerian) gu (< 《米》gud) ‘(種)牛'の借入で本来擬音語であるという. また古代中国語の‘牛' (上古漢音で /IPA-engIPA-Iog/) もシュメール語からの借入とする説があるが, これらの関係はなお不詳としなければならない.
 
3.5  現代英語の単語のうち印欧基語に遡るものには次のような語がある. 予想されるように, 日常生活に必要な基本語彙の多くを占めている.
 1. 身体 arm, brow, ear, eye, foot, heart, knee, nail, navel, tooth
 2. 家族 father, mother, brother, sister, son, daughter, widow
 3. 動物 beaver, cow, goat, goose, hare, hart, hound, mouse, sow, wolf; louse, nit; bee, wasp; crane, raven, starling; fish
 4. 植物 alder, ash, asp(en), beech, birch, fir, hazel, oak, withy
 5. 飲食物 bean, mead, salt, wine
 6. 天体・自然現象 moon, star, sun; snow, wind
 7. 数詞 one—ten, hundred
 8. 代名詞 I, thou, ye, it, that, who, what
 9. 形容詞 cold, hard, hot, light, long, new, red, white, young
 10. 動詞 be, come, do, eat, lie, murmur, ride, seek, sew, sing, stand, weave
 11. その他(名詞) acre, ax(e), door, furrow, month, name, night, ore, summer, thatch, year, yoke
 
 



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