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7. 外来語
7.1  cow や father が我々の推定しうる最古の印欧基語の段階から今日に至るまで連綿と続いている本来語 (native word) の例であるのに対して, 上にふれた beef は, ある時期に他言語との接触によって生じた借入語 (borrowed word, loan word) あるいは外来語 (foreign word) の例をなしている.
 英語は中世, とくに中期英語以後ラテン語・フランス語を初めとして, ほとんど世界中の諸言語から借入を行い, 「言語的消化不良の慢性症」といわれる反面, 世界で最も豊富な表現語彙をもつ言語の一つである. 従って, 英語の語源を考える場合, 借入語の問題は極めて重要となる. そこで, 本来語と外来語との関係を統計的に見ると, 使用頻度に基いて選んだ語彙約 2 万語* と約 14 万語** の場合, その語源的分布, 比率は次のようになる.
 (2 万語)(14 万語)
本来語19%14%
ラテン語15%36%
フランス語36%21%
ギリシャ語13%4.5%
北欧語7%2%
イタリア語
スペイン語
1%3%
その他9%19.5%
 * R. G. Kent, Language and Philology; 北欧語の項にはオランダ語・ドイツ語を含む.
 ** Paul Roberts, Understanding English.
 本来語の比率はそれぞれ 19%, 14% で, 語数を大きくとれば本来語の比率は低くなる傾向がある(1 千語では 83%; 1 万語では 25%). これに対して, ラテン語・フランス語の占める比率は甚だ大きく, 語彙数の大きさに比例して大きくなることが知られている. このように, 英語はゲルマン語派に属する言語でありながら, 語彙に関してはむしろラテン・フランス語系のロマンス語的色彩が極めて濃い.
7.2  外来語の借入型 一般的にいえば, 外来語は借入の際に屈折語尾の部分を落とした語幹の形で取り入れられ, 必要に応じてこれに本来語の語尾が加えられる. 例えば L v ̄in-um は OE w ̄in ‘wine', L offer-re は OE offr-ian ‘to offer' として, また ON ill-r は ME ille ‘ill', ON tak-a は OE tak-an ‘take', It. firm-a は firm として借入されている. ただし, L hyacinth-us からの OE iacinctus ‘hyacinth', ON ang-r からの ME anger ‘anger' のように語尾まで含めて借入されることもある. とくに近代期以後名詞を借入する場合には原語のままの形で借入されることが多く, 原語の屈折語尾の有無が, その借入が中世か近代・現代かを知る手掛りとなる: alb-um, bon-us, cris-is, dram-a (以上ラテン語またはギリシャ語); concert-o, gondol-a (イタリア語); sag-a (北欧語); cherub-im (ヘブライ語).
7.3  ラテン借入語 次に, 英語における外来語の中で最も大きな比重を占めるロマンス系借入語, とくにラテン語とフランス語について, その借入の型を述べよう.
a) ラテン語からの借入は, アングロ サクソン民族のブリテン島侵入以前, いわゆる大陸時代に始まるが, 初期のラテン借入語には上掲の wine のほか, bishop, butter, cheap, cup, street, wall などがある.
ラテン語の名詞・形容詞は通例辞典の見出し語となる主格形ではなく, 屈折形の語幹の形で借入される. これはラテン語の語幹は通例屈折形に完全な形で現れること, およびふつうの名詞・形容詞は主語の位置にくることが少なく, 目的語などの位置に現れることが多い, という頻度の問題などによると思われる. 本辞典でも一般に語幹を示す対格の形であげ, ときに主格形を併記してある.
tra・di・tion [c1384》 外字 (O)F 〜 外字 L tr ̄aditi ̄o(n-) delivery, handing down ← tr ̄adere to hand over ← tr ̄ans ‘trans-'+dare to give: ⇒-ition: treason と二重語]
ここで, L tr ̄aditi ̄o(n-) は主格形 tr ̄aditi ̄o と同時に, 対格形 tr ̄aditi ̄onem に見られる語幹末子音 n を表す略記法である. (O)F と L との間の記号 外字 は ‘or' の意で, 借入が直接ラテン語からか, またはフランス語を経由したものか断定し難い場合に用いてある. ただし, 語幹が主格からでも単に語尾を落とすことによって導き出せる場合には, 便宜的に -us, -a などの主格形であげた.
con・duct /k´IPA-cursandIPA-turnvkt, -dschwakt | k´IPA-openon-/ [n.: 《c1441》 外字 LL conductus escort (p.p.) ← cond ̄ucere (⇒conduce) ∽ 《c1300》 conduit 外字 (O)F (p.p.) < L conductum. — v.: 《a1422》 conducte(n) ← L conductus ∽ 《c1400》 conduite(n) ← (n.)]
 
b) ラテン語の動詞については不定詞 (inf.) の語幹から借入する場合 (主に - ̄are に終る第一変化動詞) と完了分詞 (p.p.) の語幹から借入する場合とがある. 一例をあげると, L cond ̄ucere (inf.), conductus (p.p.) は異なる時期に借入されてそれぞれ ME conduce(n) (1475), conducte(n) (c1400) となっている (-en は ME の不定詞語尾). 完了分詞幹は本来過去分詞(形容詞)として借入されたが, ラテン語の -t- が英語の過去分詞語尾 -(e)d に対応することが一般には十分意識されなかったため, これにさらに -ed をつけた conducted のような形が過去分詞形として用いられるようになり, ついでこれから逆に -ed をとることによって conducten という新しい不定詞形が生じたと考えられる. このようにラテン語動詞は ME から近代初期にかけて, 二つの型で借入される場合が少なくなかったが, 通例どちらかがまもなく廃語 (†) となっている: affect (1413- )—†affectate (1560-95); examine (c1303- )—†examinate (1560-78); †corrobore (1485-1563)—corroborate (1530- ). ときに両方の語形が残っている場合があるが, その際完了分詞形のほうが特殊化された意味を表していることが多いようである: convince (1530- ) ‘確信を抱かせる'—convict (1380- ) ‘罪を悟らせる'; transfer (c1380- ) ‘運び移す'—translate (a1325- ) ‘(ある言語から別の言語へ)移す, 翻訳する'.
 
7.4  フランス借入語 1066 年のノルマン征服後約 300 年間は, 支配階級のノルマン人の言語であるノルマンフランス語 (Old Norman French; 略 ONF) を基にした Anglo-French (英国で用いられたフランス語; 略 AF)が公用語として, 宮廷・議会・法廷・学校などで用いられた. 14 世紀後半になると国民意識の高揚と共に英語が失地回復をして, Anglo-French は公用語としての地位を退くことになるが, その間支配階級, 上流階級を通じ, おびただしいフランス語が英語の語彙に流入し, さらに ME 後期から近代にかけてパリを中心とする中央フランス語 (Central French; 本辞典では (O)F と略) からその高い文化を反映する多数の語が借入された. Anglo-French は本辞典では Old Norman French (略 ONF) として示したことが多い.
catch [《?a1200》 外字 ONF cachier=OF chacier (F chasser) < VL 《米》capti ̄are=L capt ̄are to try to seize, hunt (freq.) ← capere to take: chase1 と二重語: to take の意味は ME lac(c)he(n) ‘to take, latch' の影響]
ONF cachier=OF chacier とあるのは, ME の語形は ONF からであるが, これに対する中央フランス語の形を参考に示したのである. そしてこの OF から直接借入されたのが ME chase(n) すなわち chase に外ならず, 従って catch と chase は共通の語源をもつ二重語 (doublet) をなしている. このように, 外来語と外来語との間, あるいは外来語と本来語との間で, 二重語さらに三重語 (triplet) をなすことが少なくない: sure (OF)—secure (L); shirt (E)—skirt (ON); cattle (ONF)—chattel (OF)—capital (L).
 
a) フランス語の名詞・形容詞の借入についても, 一般に英語の語形はフランス語の対格によっている. 古期フランス語の名詞・形容詞の格変化は, ラテン語の 5 ないし 6 種の格のうち, 主格と対格の 2 種を残すのみであった. それで serfs ‘奴隷'と bons ‘よい'を例にとり, ラテン語との関係を ( ) 内に示すと
 単数複数
主格serfs (< L servus)serf (< L serf ̄i)
対格serf (< L servum)serfs (< L serv ̄os)
主格bons (< L bonus)bon (< L bon ̄i)
対格bon (< L bonum)bons (< L bon ̄os)
単数主格の -s はラテン語の -us に由来するが, 結局中期英語の名詞組織 (単数—O; 複数—s) に呼応するのは, 主格の系列ではなくて, 対格の系列であった. 借入の場合にも対格の形がとられたのは, 近代フランス語の名詞・形容詞形がラテン語の対格形であったことと共に, この間の事情が与っているかと思われる. これに対して, フランスの人名に由来する Charles, Lewis, James などの -s は本来フランス語の主格語尾であり, これはこれらの人名が主格(呼格を吸収)で用いられることの多かったことを反映するものであろう. 人名以外でフランス語の主格形から借入された次のような場合は例外とみてよい.
ap・pren・tice [《1307》 外字 OF aprentis (F apprenti) ← aprendre to learn …]
 
b) フランス語の動詞の借入に当たっては, 不定詞の語幹がとられるのが一般的だが, -ir 型の動詞では現在分詞あるいは直説法現在複数などの語幹 -iss- から借入されることが多い. この -iss- はラテン語で起動相 (inchoative) を表す接辞 -isc- に由来する.
pol・ish [a1325》 ← (O)F poliss-polir]
ここで注意すべきは, OF /s/ が英語で口蓋音化して /IPA-esh/ となり sh の形をとっていることである. この口蓋化は次のような不定詞幹からの借入の場合にも見られる.
push [《?c1225》 pusshe(n), posshe(n) 外字 (O)F pousser, OF po(u)lser to push, beat…]
また現在分詞幹からの借入は, -aindre, -eindre, -oindre 型の動詞の場合についても起こる.
join [《?a1300》 外字 (O)F joign- (pres.p. stem) ← joindre to join…]
上に述べたように, 不定詞幹は動詞として借入されるが, 語尾まで含めた不定詞形は通例名詞として借入される. しかし, ときに動詞として入ることもある.
din・ner [c1300》 diner 外字 (O)F d^iner, OF disner ‘to dine': 不定詞の名詞用法 (⇒-er3)]
 
c) ME 期に入ったフランス借入語は, ルネサンス期に, 権威をもつと考えられたラテン語形に合わせて復元されることがあった. このような再構成形を示すために, 本辞典では記号 ∽ を用いている.
debt [《15C》 外字 F 《廃》 debte ∽ 《?a1200》 det(t)e 外字 (O)F dette]
これに類した例が, ME 期に古期ノルド語 (Old Norse; 略 ON) からの借入語が古い本来語の語形に取って代る場合に見られる.
sis・ter [ME 〜 外字 ON systir ∽ ME suster, soster < OE sweostor]
egg1 [n.: 《c1340》 eg(ge) 外字 ON egg ∽ ME ey < OE  ̄aeg]
OE sweostor は ME suster, soster (w は u, o に吸収される) となり, 方言には suster として残っているが, 現代英語の sister は ON 形による再構成形である.
7.5  北欧借入語 8 世紀に始まる Vikings のブリテン島侵入, 定住や 11 世紀前半のデーン人による英国支配によって, danelaw と呼ばれる地域を中心に古期英語と(同じゲルマン語派に属する)古期ノルド語の二言語使用 (bilingualism) が行われ, その結果, 一般の外来語の例と異なり, ON 借入語は基本的な日常語彙や文法機能を表す語にまで及んでいる. 上掲の sister, egg のほか主なものをあげておく: band1, fellow, husband, law1, leg, skin, skirt, sky, window; awkward, flat1, ill, loose, low1, meek, sly, ugly, weak, wrong; call, die1, get, give, seem, take, want; they, them, their, though, till1. ON の語形には, 慣用に従って古期アイスランド (Old Icelandic) の語形をあげてある.
 
 



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