『リーダーズ・プラス』 まえがき | | | 1984 年 5 月に出版された『リーダーズ英和辞典』は英文を読むことを主な目的として編集されたものであったが, 幸い多くの読者に好評をもって迎えられた. 英文を読むために必要なものは何かと考えたとき, まず念頭に浮かんだのは収録語数の多さであった. 語数が少なくては, 高度に実用的な英文を読むことは困難であることが経験的にわかっていたからである. 次に, 語数とならんで必要が感じられたのは語義の精密な弁別と訳語であった. これは特に英文の翻訳にさいして求められる情報だと思われ, いずれも紙幅の許すかぎり追求された. | | | しかしながら, 英文を理解するのに必要なものは大きな語彙と精密な語義の弁別にとどまるものではなく, 語の種類もそれに劣らず重要と考えられ, 口語・俗語・卑語, 専門用語, 略語, 固有名などが大幅に取り入れられ, 英和辞典としては他に類例のない, きわめて百科事典的色彩の濃いものとなった. 「まえがき」で述べたように, それまでは「辞典」と「事典」を峻別する傾向が強く, 英和辞典は固有名を敬遠しがちであった. しかしながら, 固有名の重要性は否定できなかったのである. このことは, 実際の英文で固有名を全部 X, Y, Z のような記号で置き換えてみればすぐ分かるはずである. 固有名は言語表現を現実のあるいは想像の世界につなぎ止める錨のようなものだからである. 情報の種類によって「辞典」と「事典」に分けるのは一応合理的なやり方であるが, 問題は情報が分散することにある. 情報の種類による区別を徹底すると, きわめて多くの辞典や事典が必要になる. しかるに, 実際の英文では一般語と百科語は同一テキストに混在しているのである. 情報検索のためには, 一般語も百科語も同じ辞典にあったほうがいい. | | | 以上は『リーダーズ英和辞典』編集の基本方針であったが, 同辞典の出版後まもなく同年 12 月に非売品『リーダーズプラス』が刊行された. これは, 『リーダーズ英和辞典』のどの面が補強されなくてはならないかを示したものであった. そこに収録された語の大部分は固有名であり, 人名と地名だけでなく, 劇場, 博物館, ホテルその他, 公共の建物の名前, 商品名などを多数取り入れ, その数 約 8000 にのぼった. 以後 10 年, 『リーダーズ・プラス』の決定版を編むにあたって採った方針は基本的に 1984 年版『プラス』と同じであるが, さらに徹底したものにした. これを再述すれば次のようになるであろう. まず第一に, 『リーダーズ英和辞典』出版後の新語をできるかぎり広く収録した. 次に, 人名, 地名, 歴史上の出来事の増補をはかった. そのさい, 実在するものだけでなく, 文学, 神話, 民話などに現われる架空の人名, 地名も広く取り入れた. このことと関連して, 現代の人名と出来事を多数収めたことは本書の一大特色と言えるであろう. また, 商品・製品名を多く取り入れたことも本書の特色とすることができる. 人名と地名は, 欧米だけでなく, アジア, オセアニア, アフリカ, 中東, 東欧, ロシアにまで及んでいる. 本書では, 一般の語は言うまでもなく, すべての固有名の発音を示した. つづりと発音は固有名の本質部分だと考えるからである. 本書には英語以外の固有名が数多く入っているが, 英和辞典であることに鑑み, 英語読みを原則とした. ただし, 英語読みが確立されていない場合には, ドイツ語とフランス語をのぞいて, 原音を英語の音素で転写した. ドイツ語とフランス語の固有名で英語読みが確立していないものは, 原音をそれぞれの言語の音素記号で示した. | | | 激動する現代世界を反映するものに科学と経済の語彙があるが, 本書では, とりわけ生物学, 医学, コンピューター, 経済および金融の語彙が大幅に強化された. 略語も現代世界の共通現象と思われるが, すでに『リーダーズ英和辞典』の一特色であったものをさらに増強した. 収録したい百科項目には限りがないが, 従来の標準的な辞典または事典にはなくて, その必要が痛感されていたものに trivia とよばれる雑学的情報と大衆文化についての情報がある. いずれも英語文化についての常識の一部をなすものであり, 日本人にとってはいわゆる cultural literacy に劣らず重要であり, 本書の重点項目となった. | | | 以上の方針で, 別記のように, 100 人に近い執筆者の協力を得て編集を進めた結果, 19 万語を上回る『プラス』となった. これを『リーダーズ英和辞典』本体と合わせれば 45 万を超えることになり, 英文理解の範囲が飛躍的に拡大されることと信じる. この『リーダーズ・プラス』は, コンピューターを駆使しての編集にもかかわらず, その領域の広さと多様性のため当初の予定をはるかに越えて, いつのまにか 10 年を費やしてしまった. それでもなお, 不揃いの感が残る. 編者の力量不足による誤りや不十分な点が少なくないことをおそれる. 読者諸賢の指摘をいただいて改善できることを願うのみである. | | | 最後に, このような冒険的な辞書編集に深い理解を示され, 長期にわたって強力な編集体制を維持してくださった植田虎雄氏をはじめとする歴代の研究社社長, 非才の監修者を終始盛りたててくださった共同編集・執筆者およびリーダーズ・プラス編集部のみなさんに厚くお礼申し上げる. また, 資料調査, 製版, 校正, 制作にあたられた多くの方々のお名前を別記して長年のご苦労に感謝申し上げる. | | | | | | 1994 年 6 月 | | | 松田徳一郎 | | | | | | |
|