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アヴェロエス Averroes
(1126-1198. 2. 10)
 
イスラム世界の代表的な哲学者. 西欧においてもその優れたアリストテレスの注釈書で知られる.
 
【生涯】西欧世界でアヴェロエスとして知られるイブン・ルシュド, 詳しくはアブ=ル=ワリード・ムハンマド・イブン・アフマド・イブン・ムハンマド・イブン・ルシュド (Abū al-Walīd Muhammad ibn Ahmad ibn Rushd) は, スペインのコルドバ (Córdoba) に生まれる. 彼の父は高名な法律家であり, 政治的な有力者であった. 若年のアヴェロエスは当時のイスラム世界の学者の例にもれず神学, 哲学, 詩, 医学, 数学, 天文学といった分野にわたり完全な教養を身につけた. 1169-70 年に彼はセビリャで裁判官を務めたが, 同時にアリストテレスの 『動物学』 『自然学』 に関する注釈書を書いている. 1174 年には 『形而上学』 の注釈を著すなど, この時期は極めて創造的であったが重病にかかり, 快癒後モロッコに居を構える. その地ではムワッヒド朝の君主の侍医となり, 次いでコルドバの裁判官という要職を得ている.
 
 しかし彼の哲学上の見解は, 彼が表面的にはイスラムの細則を遵守していたにもかかわらず法学者たちの嫌疑の的となり, 結局政敵たちは彼を政治的に葬り去ることに成功している. 公職から身を引き哲学的著述に専念するようになったアヴェロエスは, 君主によってモロッコに呼び返され, 監禁状態のなかで失意のうちに 72 歳で他界している.
 
【著作と思想】アヴェロエスの著作は数多いが, とりわけ重要なのはアリストテレスの注釈書である. ダンテが 「偉大な注釈者アヴェロエス」 といっているように, 彼は時には同一の作品に, 大注釈, 中級注釈, 要綱という 3 種の注釈を付している.
 
 そのほかにも重要なのは, 哲学を破壊したといわれるガザーリーの 『哲学者たちの自滅』 に対する徹底的な批判の書, 『自滅の自滅』 である. さらに離存的能動知性と人間知性の結合, 宗教と哲学の和解について論じた若干の著作が重要であろう.
 
 彼の思想的な中心課題は, 純正なアリストテレス的思想を回復, 復活させることにあった. ギリシア語を解せず, アフロディシアスのアレクサンドロス (Alexandros, 2 世紀後半-3 世紀前半) やテミスティオスの伝承によってアリストテレスを知った彼にとって, この哲学者の正確な理解は多くの困難を伴ったが, その優れた学究的態度, 強靭な思考力によって先師の思想が自家薬籠中の物とされているのである.
 
 彼は 「純正なアリストテレス主義」 の復活を夢みたが, それは決して先師への盲従を意味するものではなかった. 新プラトン主義の影響が色濃いアヴィケンナの思想を, アリストテレス的立場から批判するかたわら, 彼はさまざまな独自の主張を打ち出している. 神は時間とともに宇宙を創造した. したがって世界は無始であるという彼の議論は, 独特の創造論と結びついていた. 彼によれば質料は無始であり, あらゆる形相を可能的に含み込むものであった. 創造とは, 質料のなかに潜在する形相を現実化することにほかならなかったのである. この反面重要なのは彼の知性論である. 人間のもつ質料的知性は, 離存形相を認めることが可能であり, 究極的には唯一の, 不滅な能動知性と合一しうるという主張は, 知的神秘主義への可能性に道を残すものであった.
 
 宗教と哲学にそれぞれ固有の役割を与え, それによって両者の基本的一致を説かんとしたいわゆる二重真理説は, ラテン・アヴェロエス主義者に受け入れられ, 独自の経過をたどるが, イスラム世界では彼の思想は有力な後継者をもたぬまま現在に至っている.
 
【文献】
H. コルバン 『イスラーム哲学史』 黒田壽郎, 柏木英彦訳 (岩波書店 1974): H. Corbin, Histoire de la philosophie islamique (Paris 1964).
井筒俊彦 『イスラーム思想史』 (岩波書店 1975).
(黒田壽郎)



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